奄美群島で造られる「黒糖焼酎」の歴史と魅力!
2016/03/03
当ブログでは、本格芋焼酎のテーマが多く占めています。それは元より、私が本格芋焼酎の大ファンだからなんですが・・・
今回は、同じ本格焼酎の仲間である「黒糖焼酎」にスポットを当てたいと思いますね。
「黒糖焼酎」は奄美群島でしか造られない!むしろ奄美群島でしか造ったらならない本格焼酎なのです。
様々な紆余曲折が相成る「黒糖焼酎」!この記事を読めば、あなたも「黒糖焼酎」に興味が出てくる!
そして、「黒糖焼酎」」をぜひ飲んでみたい!と思うに違いないでしょう!
「黒糖焼酎」が生まれた歴史
時は遡ること60年余り。1953年、奄美群島は晴れてアメリカ合衆国から解放され、日本国へと変換されました。
当時から「黒糖焼酎」の原料ともなるサトウキビの栽培が盛んで、黒糖原料以外のサトウキビを使用したお酒造りが盛んでした。
日本返還と同時に、そのお酒に対しても酒税法による酒税が課せられることとなりました。
当時の製法であるとサトウキビのお酒は「リキュール類」に該当し、高い酒税を課せられることが余儀なくされたのでした。
奄美群島の戦後復興においてその酒税は高く、経済的にも負担が多い為、島民たちは何とかして酒税の安い「焼酎」のカテゴリーとして、採用してもらえないか!と強く政府に望みました。
そして当時の大蔵省により、奄美群島の振興を促すためにも「麹」を採用すること!「固体原料を使用すること」を条件に、「黒糖焼酎」としての製造を許可することとなりました。
これは特別措置であり「黒糖焼酎」が製造できる地域は、奄美群島のみとなったわけです。
奄美群島でしか造ることができない「黒糖焼酎」を何とかして奄美群島の発展に繋げることはできないか!?と島の人々は「黒糖焼酎造り」に励みました。
奄美群島の発展に欠かせない「黒糖焼酎」
以前、屋久島の「三岳」の際も記事にありましたが、「島」というのは外貨を島にもたらすことが重要であり、そして困難ですよね。詳細記事⇒口永良部島の噴火で垣間見える地元の絆!私たちにも出来る意外な復興支援方法とは!?
つまり奄美群島でしか造ることができない「黒糖焼酎」の強みで、島に外貨をもたらさなければならないのですよ。
島外のファンが「黒糖焼酎を飲むこと」によって島に外貨が入ってきますよね。
また「黒糖焼酎」の造りが、観光の一環にもなり得るのです。
このように島を盛り上げることによって、働く場所ができ、島も発展していくのですね。
こういった好循環を生み出す為には、「黒糖焼酎」に懸ける島民の強い気持ちを育むことが1番なんですね。
現在では27の蔵で黒糖焼酎が製造されており、蔵によって造り方も様々なのです。
同じ「黒糖」を原料としながらも不思議と風味に幅が出るのは、本格焼酎の魅力でもあるんですね。
次回は「黒糖焼酎」の製造方法を見ていきましょうか。
⇒「黒糖焼酎」の製造方法を学ぶ!同じサトウキビで造る「ラム酒」との違いとは?
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Comment
失礼します。「奄美大島」と記載されていますが、「奄美群島」の間違いかと思います。奄美群島では、どの島にもそれぞれに黒糖焼酎の酒造があり、それぞれの味が楽しめます。
匿名希望様
コメントありがとうございますm(__)m
ご指摘ありがとうございます!訂正させて頂きますね!